◇非有権者も入れて選挙区割り
◇最高裁が移民に寛容な判断
堂ノ脇伸
(米州住友商事会社ワシントン事務所長)
米連邦下院議会の議員は、誰の声を代表するのか。
連邦最高裁で4月4日、有権者だけでなく、全ての人口を考慮して、選挙区を区割りすることが公正との判決が下された。長年にわたって堅持されている“One Person, One Vote (一人一票)”の原理を覆すことなく、これに挑戦した保守派のもくろみは、もろくも崩れ去った。
米国には、投票権を持つ米国市民のほか、投票権を持たない合法や非合法も含めた数多くの移民がいる。連邦議会下院は、10年ごとの人口調査に基づいて、各州で選挙区を区割りする。おおむね1選挙区が57万人程度の人口になるよう区割りして、「同数の人口」を代表する形にし、全米規模で435人の下院議員を選出することになっている。
ここで言う「同数の人口」とは、果たして投票権を持つ有権者のみなのか。あるいは、移民も含めた事実上の全ての人口なのか。
連邦最高裁は既に1963年、全ての人は平等に創造されたものであるとする憲法修正第14条の原理に従って「一人一票」という考え方を採用し、「全ての人口」を基本にすると規定していた。
これに対し昨年、保守派の市民団体が「(移民などの)投票権のない者も人口に加えて、選挙区を設定しているため、自らの1票の価値が希薄化されている」として、連邦最高裁に対し、有権者のみで区割りを行うべきではないかと上訴したのである。
◇次の人口調査は20年
一般に、投票権を持たない移民の多くは、職を得る目的で都会に集中する傾向にある。また、都会にいるマイノリティー(少数派)の有権者は、総じて民主党支持者が多い。これに対して、都会を離れた、白人中心の郊外の有権者には、総じて保守的な傾向がみられ、一般に共和党支持者が多い。
仮に、投票権のない人を除外して、有権者の数のみを基準に選挙区の区割りがなされれば、郊外の政治的な影響力が相対的に高まって、選挙も共和党に有利になることが予想されていた。
前述の通り、下院の選挙区の区割りは、各州が人口調査の結果に基づいて行う。この作業は、その時の州知事や州議会の勢力の影響を強く受けて、意図的に、いずれかに有利になるよう行われる傾向がある。この恣意(しい)的な線引きは「ゲリマンダリング」と呼ばれる。
現在の連邦議会下院では、共和党の議席数が、1928年以来最大となる246議席に達している。これは、直近で人口調査をした2010年当時、多くの州議会で優勢だった共和党に有利な形で、ゲリマンダリングが行われたためだ。次に人口調査をするのは20年のため、その結果が反映される22年までは、下院での共和党の優位が続くとも言われている。4月4日の裁判の結果次第では、これに駄目を押す形で、保守派に有利な判決が下る可能性が取りざたされていた。
しかし、そうならなかった。最高裁では、かつての最高裁の判断、すなわち憲法に照らして、「全ての人口を考慮して、選挙区の区割りを行うことが公正」とする判決が6対2で下された。
「非有権者を含む全ての人々は、等しく政治的討論に参加する資格がある」という最高裁の見解は、マイノリティーや移民政策で寛容な姿勢を示す民主党にとって、安心できる内容だった。保守派の計略により、共和党にさらに有利となる選挙区割りがなされることはとりあえず阻止された。(了)
(『週刊エコノミスト』2016年5月24日特大号<5月16日発売>74ページより転載)