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特集:トランプ円高が来る 2016年6月21日特大号

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◇米国第一主義が阻む円安

日本企業に想定外の逆風

 

大堀 達也/池田 正史(編集部)

 

 5月の米雇用統計が米国経済やドル・円相場の風景を一変させた。市場予測をはるかに下回る雇用者数を嫌って、6月3日のニューヨーク外国為替市場は一時、1㌦=106円51銭と5月6日以来およそ1カ月ぶりの円高・ドル安水準を付けた。

 米経済の予想以上の弱さが、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げと日本銀行の追加緩和がもたらす金利差拡大による円安・ドル高の長期的トレンドをゆがめただけではない。再認識された弱い米経済が、米共和党大統領候補の実業家ドナルド・トランプ氏の掲げる「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」に勢いを与え、米政府のドル高容認からドル高回避への方針転換を後押しした。

 「日本の安倍、(米経済の)殺人者だが、ヤツはすごい。地獄の円安で、米国が日本と競争できないようにした」

 泡沫候補だったトランプ氏は2015年7月の演説で、円安を批判。同年9月には、米キャタピラー社のトラクターがコマツより売れないのは円安誘導のせいだとなじった。キャタピラー社の話は16年に入ってからも繰り返し、日本や中国を「為替操作の名人」と呼び、大統領就任後は為替操作国を制裁するとしている。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に否定的で、日本が米国の雇用を奪ったと主張している。

 

 重要なのはトランプ氏の主張の妥当性や大統領当選の可能性ではない。なぜなら、6月7日に米民主党大統領候補を確実にしたヒラリー・クリントン前国務長官も同じ発言をしているからだ。

 米主要政党初の女性大統領候補でありながら、トランプ氏と共に「史上最も不人気な大統領候補」と呼ばれるヒラリー氏は、オバマ政権の看板政策であるTPPに反対し、日本や中国を名指しして為替操作への対抗措置を主張するなど、なりふり構わない有権者受けに走った。

 結果的に、両候補共に通貨政策も貿易政策も保護主義をとっている。そして、保護主義による内向きの経済政策が円高につながることは、ヒラリー氏の夫ビル・クリントン元大統領が実証済みだ。「ジャパン・バッシング(日本たたき)」の政策をとった在任中の1995年4月、為替市場で史上初めて1㌦=80円割れし、79円75銭まで円高が進んだ。相対的な通貨の実力を測る実質実効為替レートが最も円高だったのもこのころだ(図2)。

 今年11月の本選でどちらが勝つにせよ、トランプに始まる有権者の受け狙いが作り上げたドル安志向、つまり「トランプ円高」の流れは出来上がってしまった。

 こうした政治情勢は、オバマ政権とFRBにも影を落とす。追加利上げで金融政策の正常化を図る米国は、ドル高容認から転換を進めている。日銀の異次元緩和に理解を示したバーナンキ前FRB議長やガイトナー前米財務長官はすでにいない。

 ルー米財務長官は4月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議で、ドル高圧力となる各国の通貨安競争の回避を主張した。日銀の黒田東彦総裁が行き過ぎた円高に懸念を示すと、「為替市場は正常」と述べ、政府・日銀の円売り介入を牽制した。麻生太郎財務相は「当然、介入の用意がある」などと切り返すと、ルー長官も介入牽制発言を繰り返した。ルー長官が執拗に通貨安競争回避を叫ぶのも「米当局が大統領選を意識している可能性がある」(佐々木融・JPモルガン・チェース銀行市場調査本部長)。オバマ米大統領は5月の伊勢志摩サミットで「競争的な通貨の切り下げを避けることが重要」と、異例の発言を行った。

 米政府が通貨安競争回避を掲げる理由は、現在の為替市場のドル安傾向を是とするからだ。この先の景気後退局面入りを遅らせるため、米輸出企業による景気の下支えは欠かせない。通貨安競争回避とはドル安志向に他ならない。ドル高に引っ張られた人民元高に耐えてきた中国も不振の輸出を支えるため通貨安競争回避に同調、米国同様、人民元安志向を隠さない。ドルと人民元の実質実効為替レートは高い水準にある。

 リーマン・ショック後、米国はFRBの量的緩和(QE)で金融危機を乗り切った。その過程で円高・ドル安が進んだ日本は、日銀の金融緩和で通貨安定を図った。しばらくは円安誘導に寛容だった米政府もここに来て、国内の政治・経済情勢からドル高容認を転換した。4月29

日に公表した為替報告書に日本を監視対象として加えた。日銀は6月15、16日の金融政策決定会合で追加緩和したとしても、もはや「トランプ円高」を阻むことはできない。

 円安が続かないことを悟った日本企業は今期の想定為替レートを相次いで切り上げ、防衛に走っている。

 

◇トランプと地政学リスク

 

 また、トランプ円高を引き起こしたトランプ氏が大統領に当選した場合、新たな地政学リスクが為替相場を引っかき回しかねない。

 トランプ氏は海外の駐留米軍経費削減を主張している。トランプ大統領が実現すると、日本の安全保障への懸念が売り材料になり、今度は円安へと向かう可能性がある。トランプ氏に端を発する為替の変動要因は当面、予断を許さない。


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