◇長期停滞と大統領選挙を意識
武田紀久子
(国際通貨研究所上席研究員)
オバマ米大統領は5月26、27日に開催された「伊勢志摩サミット」の会見で、「保護主義や競争的な通貨の切り下げ、 近隣窮乏化政策を避けることが重要だと強調した」と述べた。近隣窮乏化政策とは、為替レートの切り下げなどによって自国の輸出を増やし、相手国からの輸入を減らして貿易差額の黒字化と雇用・所得の増加を図る政策だ。
米大統領が為替問題について公言することはまれだが、異例の「通貨安競争回避」発言の背景には、米国の為替政策の質的な変化がある。米当局は長らく、表向きは「強いドル政策」を標榜(ひょうぼう)しつつ、実際には為替問題をできるだけ表立たせないことを是とし、ドル高を容認してきた。しかし、最近の米当局による一連の動きに明らかな通り、そのスタンスが変わってきている。
4月に米ワシントンで開かれた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の場で、ジェイコブ・ルー米財務長官と対談した麻生太郎財務相は、2016年初の安値から対ドルで15円近くも進んだ円高について「一方向に偏った動き」と円売り介入に含意のある発言を行った。一方、ルー長官はその後、「円相場の動きは秩序的だ」と明言、為替介入が容認される状況ではないとの考えを表明し、麻生財務相の口先介入を牽制(けんせい)した。また、米財務省は「為替操作国」を認定する数値基準を新たに設定し、4月末に公表した「半期為替報告」で日本を含む5カ国を監視国リスト入りさせている(表)。
現在の米国はいわば「逆ドル防衛」とでも言うべき、ドル高に対する不寛容な姿勢を鮮明に打ち出している。米国の為替政策が質的に変化している背景には経済の「長期停滞」と「米大統領選挙」がある。
◇米国の「懐事情」
米経済は他の先進国と比べ相対的な底堅さを維持しているものの、一方で低成長が長期化することへの懸念も強く、その背景や対策がさまざまに議論されている。………