◇立法会選で出馬無効の独立派が提訴へ
◇「禁じ手」で対抗する中国政府
倉田徹
(立教大学准教授)
8月2日に開かれた香港の立法会(議会)議員選挙(9月4日投開票)の候補者紹介会は、騒然とした空気に包まれた。同選挙の候補者を市民に紹介し、候補者に対しては選挙管理委員会が選挙運動の実施方法などの法的規定を説明する事務的な会合に過ぎないが、会合の直前、若者の新興政治団体「本土民主前線」の梁天〓(エドワード・リョン)氏が香港政府から出馬無効の通知を受け取り、選挙に出られないことになったためだ。
梁氏は香港大学の学生であった今年2月、立法会の補欠選挙に出馬し、落選したものの6万票余りを獲得して3位に食い込んでいた。事前の世論調査によれば、9月の立法会議員選挙では当選圏の支持率を維持しており、有力新人候補の一人と見られていた。
会場を訪れた梁氏は立ち上がり、選挙管理委員会主席を罵倒した。民主派の一部は壇上に上がって政府関係者ともみ合いとなり、最後は候補者の「政治審査」に抗議して退席した。
今回の選挙では、梁氏を含む6人の「香港独立派」の出馬が無効とされた。香港政府は今回、立候補者に対し「香港が中国に属する」ことなどを定めた香港基本法を支持する「確認書」への署名を義務付けたが、6人のうち4人は署名を拒否。梁氏は署名したが、「香港基本法を守るかどうか信用できない」と判断された。
◇加速する若者の中国離れ
香港政府は梁氏の過去の言動を調査した長文の報告書を作成し、梁氏が過去に行った、香港独立を支持するインターネット上での言論などを列挙。「議員になった後も香港独立を主張し続けると判断した」と梁氏に通告した。
返還後の香港の「ミニ憲法」とも称される香港基本法の第1条は「香港特別行政区は中華人民共和国の分離できない一部分である」とされており、香港の独立を主張するのは基本法違反になるというのが香港政府の立場である。しかし、出馬の時点で政治姿勢を問題視され、立候補ができない事態は前代未聞である。
香港政治について、中国政府が今最も神経をとがらせているのが、最近急速に若者の間で広がっている香港独立の動きである。従来香港では、市民の多くが「香港は中国の一部である」と認識しており、独立要求は顕著ではなかった。転機となったのが、2014年に世界的ニュースとなったデモ活動「雨傘運動」である。
香港政府のトップである行政長官は従来、親中派財界人が多数を占める選挙委員会で選出されてきたが、中国政府は17年から全成人市民が投票できる普通選挙に改めるとしていた。しかし、同政府は14年8月、立候補には新設される指名委員会の過半数の承認が必要と決定。指名委員会が親中派で占められ、民主派候補が事実上排除される可能性が高い仕組みだったことから、若者らは中国政府に対して誰もが行政長官選挙に立候補できる「真の普通選挙」の実現を求め、繁華街の道路を79日間占拠した。
だが、中国政府はこの要求を完全に無視。中央政府に無視されたことで、香港では若者の「中国離れ」が加速した。香港の利益を優先せよと主張する「本土派」が台頭し、その中から、ついに独立を訴える声も出てきたのである。香港中文大学の7月の調査では、香港独立への支持率は17・4%であったが、15~24歳に限れば39・2%に達した。
中国政府は、香港の独立を断固として容認しない立場である。……
(『週刊エコノミスト』2016年9月13日号<9月5日発売>28~29ページより転載)