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特集:シン・円高 2016年9月20日特大号

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 ◇黒田総裁の言動に「異変」

 ◇日米金融会合で一段の円高も

 

谷口健/池田正史

(編集部)

 

 9月5日、都内で講演した黒田東彦日銀総裁の声調は棒読みだった。

「わが国においては、予想物価上昇率の形成は、依然としてかなりの程度『適合的』であり(中略)予想物価上昇率もこれにつられて低下する傾向がある」

 日銀は、9月20~21日の金融政策決定会合で、2013年4月以来続ける量的・質的金融緩和の「総括的な検証」を発表する。この節目を前に、黒田総裁が「適合的な予想形成の影響が大きい」と言った含意は、あまりに大きい。「人々の期待に働きかける」とする異次元緩和の理論的な根拠だった「合理的期待形成」が、実体経済では機能していないことを認めたに等しいからだ。

 黒田総裁は、「当面は、消費者物価上昇率が小幅のマイナスかゼロ%程度で推移すると見込まれ、物価がはっきりと上昇しにくい状況が続くとみられます」とし、物価上昇2%の目標達成が当面難しい見方も示した。

 公立はこだて未来大学の川越敏司教授は「異次元緩和の根本的な計画が崩れた」と見る。「原油価格下落など外的要因で物価が上昇しないと説明してきたが、今回の発言で緩和策の理論的支柱がなくなったことを認めるだけでなく、総裁発言の首尾一貫性も揺らいでいる」(同)。

 日銀の金融緩和の狙いは、実質金利を下げて総需要を刺激し、デフレ脱却することだ。実質金利とは、人々が実際に店頭などで見る「名目金利」から、人々が予想する「予想物価上昇率」を差し引いた数値。日銀は、大規模な金融緩和を通じて、人々の予想物価上昇率を上げて実質金利を下げようとしている。その予想物価上昇率を上げる理論的支柱が、日銀が物価を上げる政策を取ることによって人々も物価が上昇すると予想する「合理的期待」だった。

 しかし、人々は、過去20年間デフレなのに、日銀の政策が変わったところで数年後という短期間では容易にインフレに転じないと考える。それが過去の実績から将来を予想する「適合的な予想形成」である。黒田総裁はそれを公の場で肯定し、異次元緩和の“はしご(根拠)”を自ら外したのである。

 9月の総括発表後に市場が、円安を演出してきた黒田緩和を「限界」と見限ると、ドル・円相場はさらに円高が進みかねない。もちろん、黒田総裁は、「緩和の縮小(テーパリング)という方向の議論ではない」と強調する。また、「マイナス金利の深掘りも、『量』の拡大もまだ十分可能」とし、緩和継続の強気姿勢は変えていない。

 量的緩和の「量」に関しては、例えば、現在、年間80兆円ペースで国債購入を続けているが、来年にも買い取る国債そのものが不足すると見られている。購入を持続的なものにするためには、80兆円ペースから減額する必要がある。しかし市場が緩和縮小と受け止めるリスクがある。

 ただ、国債購入ペースの減額にリスクがあっても、長期金利を引き上げる点からは必要な修正だ。マイナス金利を導入し、短期の国債金利はマイナス圏に突入し、10年債までもマイナスになっている。これは10年後も日本の物価が上がらないということの裏返しでもあり、日銀の物価目標とも矛盾する。

 長期金利を上げるための国債購入減額をするために、市場関係者は、年間80兆円ペースの国債購入額を「70兆~90兆円」などに幅を持たせると予測している。また、一部では、購入する資産を地方債や社債に拡大することや、不動産投資信託(REIT(リート))の買い入れ増額で補う方法も予想されている。

 

◇ハードル高い米利上げ

 

 そして、日銀会合と同時期に行われるのが米連邦公開市場委員会(FOMC)である。

 11月8日に米大統領選挙という一大イベントを控え、金融政策の自由度は下がらざるを得ない。米連邦準備制度理事会(FRB)が「大統領選に配慮しない」と繰り返したところで、大統領選挙前に大きな金融政策の方向は変えていないのは歴然である(図2)。

三井住友銀行のチーフ・エコノミストの山下えつ子氏(ニューヨーク在勤)は、「バブル発生のような利上げを急ぐ喫緊の理由はないため、利上げによる混乱リスクは避けるのが常識的」と見る。

 仮に9月に利上げすれば、為替はドル高・円安に振れることになるだろうが、利上げを準備できていない市場にはショックが起きる可能性が高い。昨年12月の利上げが、年初の世界のマーケットを混乱させ、大きく円高が進んだことがまた繰り返されるというシナリオだ。

「リスクが顕在化しないなかで、世界の市場はリスクオンになり、新興国通貨で運用するキャリートレードがはやっているが、利上げなどのイベントですぐに解消されうる脆弱(ぜいじゃく)なポジションにすぎない」(バークレイズ証券の門田真一郎シニア為替・債券ストラテジスト)。つまり、9月に利上げできたとしても、新興国経済懸念がまた噴出し、そのリスクを嫌気して円が買われる展開もある。

 

 ◇日本企業の下期円高リスク

 

 このように足元は円高圧力がどうしても強い状況だ。ここで浮上するのが日本企業の業績への影響だ。

 足元の円高は企業の想定をすでに上回る。東京商工リサーチが東証1、2部上場の主要な電機や自動車、機械メーカー130社に16年度期初時点のドル・円想定レートを聞いたところ、1ドル=110円に設定した企業が66社に上り過半を占めた。

 野村証券によれば、ドル・円相場が1円円高に進むと主要企業の経常利益の伸び率が0・5ポイント下押しされるという。エクイティ・リサーチ部の元村正樹ストラテジストは、「7~9月期は前年同期に比べ20円近く円高が進んだ。単純に為替変動だけで前年同期比10ポイント近い減益要因。1ドル=100円近辺の水準では採算割れ企業も続出するのでは」と話す。

 日本総研の試算でも、16年度の平均レートが1ドル=102円で推移すれば企業の経常収支は前年度比5%減少する。同社によれば16年4~6月期の平均レートは同108円で、7~9月期は同102円の見通し。下期(16年10月~17年3月)に平均99円で推移すると、それだけ利益が目減りする。

 16年度4~6月期決算発表ではトヨタやソニー、アドバンテストなどが想定為替レートを円高方向に見直した。7~9月期は4~6月期に比べ円高が進んだ。10月以降の7~9月期決算発表では想定レートや業績見通しの下方修正に迫られる企業が増える可能性もある。

 一方で、電力・ガスや物流、建設・住宅など燃料や原料の輸入企業にとって円高はメリットだ。例えば、東京電力は1円の円高で燃料費が年120億円押し下げられるという。海外家具や高級ブランド品など輸入品を扱う小売業者も恩恵を受ける。野村証券の元村氏は「生産拠点の海外移転などによって円高のマイナス影響は00年前後に比べ半分程度になった」と話している。

 1ドル=120円20銭でスタートした今年のドル・円相場は、英国の欧州連合離脱が決まった6月24日には、13年11月以来の100円割れとなる1ドル=98円92銭をつけた。

アベノミクス相場(12年12月~)で続いてきた円安傾向が転換点を迎えている。(了)

 (『週刊エコノミスト』2016年9月20日特大号<9月12日発売>18~21ページより転載)

この記事の掲載号

定価:670円(税込み)

発売日:2016年9月12日

週刊エコノミスト 2016年9月20日特大号

 

 〔特集〕シン・円高

 

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 もはや介入はできない

 FRBに伝染するドル高恐怖症

 

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