◇大手がやりたがらない分野にこそ存在意義
Interviewer 金山隆一(本誌編集長)
── 「マンションのことならわかるんだ」というCMが印象的です。
辻 マンション造りの企画、開発、設計、建設、販売、管理とすべてに携わっています。ゼネコンは主に工事までですが、管理を担うことで、住み心地や間取りの使い勝手のよさといった顧客からの評価を直接聞くことができる。それを次に生かして、より安心、安全で快適なマンションを提供しています。
── マンションに特化しています。
辻 当社施工の第1号マンションは1968年着工です。当時マンション価格は高く、ごく一部のお金持ちしか買えませんでした。価格を抑え、品質は高い一般向けを普及させようと取り組んできた結果、「民間の日本住宅公団(現都市再生機構〈UR〉)」という評価をいただくまでになりました。施工数は累計59万戸、全国のマンション戸数の1割に当たり、国内最多です。
── 受注も多いそうですね。
辻 今期の受注は、大手不動産会社を中心に約2万3000戸の見通しです。
実はCMについて、株主から「大手デベロッパーのようにかっこいいものを」と指摘を受けました。しかし当社は請け負う側なので、大手のブランドイメージを超えることが狙いではありません。建設会社として、真面目にやっているということを伝えたかった。出演しているボクシングの元世界チャンピオンの内藤大助は、以前私の直属の部下でした。ほかの出演者もほぼ全員が社員です。製作費を抑えるという理由が大きかったのですが(笑)、結果的に社員のやる気にもつながりました。
── 低価格と安定した品質で「マンションのユニクロ」とも呼ばれています。
辻 建設の現場を担う協力会社のおかげです。当社は設計から施工まで行っており、工事のやり方が常に一定です。そのため当社の手法に慣れた会社と長く付き合うことができ、結果的にコストを抑えることができます。また、現在当社が施工中のマンションは約3万9000戸あり、うち半分は今年度に竣工(しゅんこう)します。常に2年先まで見据えて仕事ができるので、腕のいい職人を確保しておけるのです。そのサイクルによって、どこにも負けない品質を保っているという自負があります。
バブル期にデベロッパー路線で多額の負債を抱え、倒産危機に陥った。金融機関の支援を受けて経営再建に取り組み、2007年3月期に過去最高の連結経常利益630億円を計上したものの、リーマン・ショックで再び資金繰りが悪化するなど多難続きだった。
── 苦しい時期を乗り越え、3期連続の増収増益です。
辻 繰り返しになりますが、協力会社との信頼関係のおかげで、コストを抑えて再建に取り組むことができました。16年3月期は売上高7873億円、経常利益673億円でした。今期の計画はそれぞれ8000億円、840億円です。既築物件の管理、修繕の「ストック市場」に力を入れていますが、経常利益の大部分が新規建設の「フロー」によるもので、そこが課題です。来年2月11日に創業80周年を迎えるため、社員一丸となって過去最高の売り上げを目指しています。
── 好調の要因は。
辻 東京五輪やアベノミクスの影響で、大手ゼネコンが公共事業や民間の高層ビル事業にシフトし、大規模マンションを手がけられる会社が減ったことが大きい。関東圏のシェアをみると、今年4~9月の供給数1万6737戸のうち、当社の施工数は6419戸と38・4%を占めています。1棟100戸以上の大規模物件では、シェア55%です。マンション専業として、力をつけてきたことが生きていると思います。
◇ストック事業も柱に
── 超高齢社会に入り、マンションの空室問題も深刻化しています。新しい社会状況にどう対応しますか。
辻 ストック市場が鍵になります。また、国が「空き家の有効活用」を打ち出しており、リフォーム需要が見込めます。
建て替えにも積極的に取り組んでいきたい。建て替えは基本的に区分所有者の全住民の合意が必要で、取り付けるのに10年かかることも珍しくありません。手間がかかり、デベロッパーは手をつけたがらない。当社はこれまで、33棟の建て替え実績があり、国内トップです。
そのほか、現在首都圏、近畿圏を中心に41カ所、約2500戸を展開している介護マンション事業にさらに力を入れていきます。
── 他業種から参画して成功が見込めますか。
辻 簡単に事業として成立するとは思っていません。しかし、介護は日本にとって喫緊の課題です。国を挙げてもっと真剣に考えるべきです。施設を造って運営し、失敗も経験としながら、10年後には国に提言できるような企業を目指したい。
マンションは完璧で当たり前ということもあり、顧客からのクレームが絶えません。オフィスビルなどと比べて利益率も低く、専業の会社が育ってきませんでした。そんな中、当社は大手がやりたがらないことに取り組んで、存続してきた企業です。他社と同じことをやるだけでは、「長谷工」という会社は存在意義がないと思っています。その思いで、介護も必ず事業の柱に育てます。
(構成=酒井雅浩・編集部)
◇横顔
Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか
A 30代半ばで京都支店の支店長を任され、部下が200人いました。種をまいた飛び込み営業が次々に結果につながり、寝ずに酒を飲んでも数字が出て、「天下無敵」とうぬぼれていた時代です(笑)。
Q 「私を変えた本」は
A 本ではないのですが、組合活動に携わり、膝を突き合わせて人と向き合うことの大切さを学んだことです。
Q 休日の過ごし方
A ゴルフです。取引先がほとんどなので、休みとは言えません。純粋な休みは年に片手(5日)もありませんが、妻の買い物に付き合っています。
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■人物略歴
◇つじ・のりあき
岡山県出身。金光学園高校、関西大学法学部卒業。1975年長谷川工務店(現・長谷工コーポレーション)入社。99年取締役、2010年代表取締役副社長、長谷工アネシス代表取締役社長などを経て、14年4月より現職。63歳。
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事業内容:マンション建設
本社所在地:東京都港区
設立:1946年8月
資本金:575億円(2016年9月30日現在)
従業員数:2380人(16年9月30日現在)
業績(16年3月期・連結)
売上高:7873億円
営業利益:687億円