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プエルトリコの財政破綻後の行方 米国内外の投資家が注目する理由

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江夏あかね・野村資本市場研究所主任研究員

 

2015年に財政破綻した米国自治地域(コモンウェルス)「プエルトリコ」の財政再建の行方に、国内外の金融市場から注目が集まっている。

 

人口や経済規模は全米の1%にも満たないにもかかわらず、なぜ注目されるのか。この背景には、米国地方債市場での存在感の高さに加え、プエルトリコ債の特殊な位置付けがある。

 

 ◇誘因は税制優遇廃止

 

 カリブ海北東に位置して、約350万人の人口を抱えるプエルトリコは、米国領土の中で合衆国を構成する州ではないコモンウェルスだ。プエルトリコは、米国の一般の州とは異なる税制を持つ。長らく連邦法人税の優遇措置の恩恵を受けられたため、多くの多国籍企業が進出していた。

 

しかしながら、連邦政府の財政悪化の中で連邦法人税の優遇措置が1996年から10年間にわたって段階的に縮小・廃止されたため、企業の撤退が続き、人口も流出した。さらに、エネルギー価格の高騰なども相まって、製造業を中心としたプエルトリコの産業全体の競争力が相対的に弱まり、経済状況が大きく悪化していった。

 

 このような状況下、プエルトリコ政府の赤字が拡大したうえ、赤字地方債への依存度が高まり、公的債務残高が国内総生産(GDP)の約7割に当たる約700億ドル(約8兆円)にまで膨らんだ。主要格付け会社がプエルトリコの格付けを投機的等級に引き下げた14年2月ごろからは、プエルトリコ政府の資金調達環境が悪化し、保有現金が枯渇していく中で、流動性が逼迫(ひっぱく)し、自力での財政運営が困難な状況に陥った。

 

 プエルトリコ政府は、財政構造改革を進めながら、債務問題解決を目指して法整備に着手した。地方自治体を対象とした再生型破綻法制である米国連邦破産法第9章のような法制度を、プエルトリコの自治体にも適用することを視野に入れた動きだった。

 

 同章を適用申請すると、自治体は事務を継続しながら、財政再建計画を策定して実行する道筋を立てられる。再建計画策定の過程では、裁判所の下で債権者と交渉を進められる。プエルトリコの場合、地方債発行残高が多く、債権者が広範にわたっている。同章が適用されれば、迅速かつ適切な債務再編が可能になるのだ。

 

 しかし、プエルトリコ政府はコモンウェルスという特殊な位置付けにより、傘下の自治体を含めて適用対象外となっている。そこで、同章のような法整備を進めようとしたが、実現には至らなかった。

 

 抜本的な解決策が見つからない中、15年8月には政府関係機関であるプエルトリコ金融公社(PFC)が、期限を迎えた債務がデフォルト(債務不履行)となり、その後も政府関係機関が相次いでデフォルトした。プエルトリコ政府は、16年2月に債務再編案を公表し、債権者との債務再編に関する交渉を進めたものの、合意には至らなかった。

 

 同年4月には「プエルトリコ緊急債務モラトリアム・財政再生法」が制定され、アレハンドロ・ガルシア・パディラ知事(当時)が政府関係機関であるプエルトリコ開発銀行(GDB)の債務履行を一時停止するモラトリアムを宣言。さらに、16年6月には同法の下、プエルトリコの一部の公的債務について17年1月末まで履行を猶予するモラトリアム宣言が行われ、16年7月にはプエルトリコ政府本体もデフォルトした。

 

 米国では通常、連邦政府が地方自治体の財政再建に関わることはない。だが、プエルトリコの極めて深刻な状況を踏まえ、連邦政府は16年6月に「プエルトリコ監視・管理・経済安定化法」(PROMESA)を制定した。

 

 同法には、連邦破産法第9章と同様に連邦政府による財政支援は含まれていないが、債権者からの訴訟の一時停止と監視委員会の創設があるのが特徴だ。同法に基づいて16年9月に発足した監視委は、プエルトリコ政府及び傘下の自治体などの予算及び財政計画を監視する。また、債務再編プロセスを開始したり、債務再編計画を修正する権限を持つ。プエルトリコ政府は、同委員会の監視の下、17年1月末の承認を目指してプエルトリコの経済・財政再生計画の策定を進めている。

 

 プエルトリコ政府が16年12月に策定した経済・財政見通しでは、今後10年間の財政赤字が約675億ドルに上る見込みであることが明らかになった。監視委は、プエルトリコ政府に対して、雇用、福祉、税制、規制、年金等の改革や政府規模の適正化を通じて、長期債務を削減して財政均衡を達成するよう求めている。

 ◇債券への投資家幅広く

 

プエルトリコ債が米国にとどまらず、幅広い投資家から注目を集めるのには特有の事情がある。

 

その一つは、米国地方債市場の中でも残高が大きく、投資家層も広いことだ。

 

米国地方債の年間発行額(15年)は約3984億ドル、発行残高(15年末)は約3・7兆ドルに上る。発行残高は、米国債(同)の3割弱、日本の地方債(同、都道府県及び政令指定都市の民間資金分、約71兆円)の約6倍にも達している。

 

また、米国地方債は、原則として連邦所得税が免税されることなどを背景に個人が約4割を保有している。加えて、確定拠出年金(DC)が浸透していることもあり、投資信託も約3割を保有している。このため、金融市場のみならず米国民による地方債市場への関心も高い。

 

 その地方債市場にあって、プエルトリコ債の残高約999億ドル(16年9月末、長期債・短期債を含む)は、13年7月に財政破綻したミシガン州デトロイト市の地方債残高(債務調整計画上、約68億ドル)の約15倍にも上る。また、米国各州(及びプエルトリコ)の地方債発行残高において、プエルトリコは9番目に大きい。

 

 さらにプエルトリコ債は、発行残高の約2割が金融保証保険会社(モノライン)により保証されている。このうち、保証額が多いのは「アシュアード・ギャランティ」と、「ナショナル・パブリック・ファイナンス・ギャランティ」(大手モノライン「MBIA」の子会社)だ。この2社が抱えるエクスポージャー(保証総額)は15年7月1日現在、それぞれ50億ドル(約5700億円)近くに上り、経営上の懸念材料ともなっている。両社の株式、債券、それらを組み入れた投信などを保有している投資家もおり、プエルトリコ債の履行動向に注目が集まる。

 

 理由はこれだけではない。プエルトリコ政府、傘下の自治体、及び公社が発行した債券は、特殊な税制の取り扱いを受けているからだ。すなわち、利子に係る連邦所得税の免除に加え、州及び地方政府の所得税も免除となる「3税免除(Triple Tax Exemption)」の扱いとなっている。

 

米国地方債のうち、プエルトリコ以外で3税免除に該当するのは、グアム、北マリアナ諸島、アメリカ領バージン諸島のみである。そのため、多くの投資家にとって発行額が大きいプエルトリコ債は魅力的な投資対象として位置付けられ、投資家層が通常の米国地方債に比べて広範にわたっていた可能性がある。

プエルトリコ債の格付けは17年1月現在、米国の州と比べて突出して低い水準、流通利回りも突出して高い水準となっている(図1)。

 

ただし、連邦制国家である米国では、地方財政・地方債制度が州ごとに異なり、プエルトリコの財政破綻は、固有の要因によるものであるため、米国地方債市場全体へ影響は及んでいない。

 

 なお、日本の投資家も、プエルトリコの財政再建の行方に関心を寄せているようだ。これは、米国の金利政策に何らかの影響が及ぶ可能性があることや、モノラインの株式等を保有する投資家もいるからである。日本では、16年2月にマイナス金利政策が導入された。このため、運用利回り向上を目指す中で米国地方債を新たな投資対象に加えることを検討する投資家が散見されている。

ただし、米国地方債の海外投資家による保有シェアは2・4%(16年9月末)しかない。その上、格付けが14年2月以降、投機的等級となっているプエルトリコ債(図2)を日本の投資家が直接保有しているケースはほとんどないと見られる。

 

 ◇予断許さぬ道のり

 

 プエルトリコでは17年1月2日、前知事の任期満了に伴い、リカルド・ロッセロ・ネバレス氏が新しく知事に就任した。プエルトリコは、一部の公的債務のモラトリアム期間終了(1月末)、経済・財政再生計画の承認目標期日の到来(同)、債権者からの訴訟の一時停止期間の終了予定(2月15日)など、複数の重要日程を控えている。ロッセロ知事は、就任直後には、17年6月末までに政府歳出の1割縮減や公社要職者の2割削減などを求める知事令に署名した。

 

 また、プエルトリコの人口流出などを招いた一因ともされるコモンウェルスの地位について、州の位置付けを得るべく住民投票実施を提案するなど、迅速な対応を始めている。

 

 ただし、ロッセロ知事は1月4日、監視委に対して、1月末の経済・財政再生計画の提出期限を少なくとも45日間延長する、2月15日の債権者からの訴訟の一時停止期間の終了を5月1日に延長することを求めるなど、予断を許さない状況となっている。

 

 プエルトリコの将来を見据える上では、同政府がどの程度現実的かつ具体的な財政再建・経済再生策を投資家に提示できるかがポイントになろう。ただし、仮に監視委の下で財政再建が進められても、連邦政府がプエルトリコに対して本格的な経済支援策を講じない限り、プエルトリコが再び財政危機に陥ることもあり得る。その意味では、金融市場でプエルトリコの行方が注目される状況が当面続くと想定される。

(江夏あかね・野村資本市場研究所主任研究員)

*『週刊エコノミスト』2017年1月31日号掲載


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