◇トランプの「偉大な米国」は20世紀の石油と自動車の時代
世界の資源や中東情勢を左右するトランプ政権の本質を寺島実郎・日本総合研究所会長に聞いた。
(聞き手=浜條元保、構成=藤沢壮・編集部)
トランプ大統領がいま、「偉大な米国」を掲げて政策を打ち出している。その本質は資源と深く関係することを理解するべきだろう。彼は、オバマ前政権の環境投資による経済政策「グリーンニューディール」や再生可能エネルギーの活用を否定し、大統領令でパイプライン敷設の加速を図るなど化石燃料、オールドエコノミーの再興を図っている。
トランプ大統領が目指す「偉大な米国」とは具体的にはいつごろのイメージなのだろうか。当初は、第二次大戦後の超覇権国家として君臨した1950~60年代、46年生まれのトランプ氏が青年期を過ごした米国が栄光に輝いていた時代かと思われた。だが、もう少しその構造を見つめてみると、20世紀は米国の世紀であり、石油と自動車の時代であったことに気付く。
その発端は1859年、米東部ペンシルベニア州の油田採掘にさかのぼる。これを契機として、ジョン・D・ロックフェラーはスタンダードオイルを創業し、それまで鯨の油を使っていた米国の燃料事情は一変した。
1908年には、大量生産車「T型フォード」が発売された。その動力源として電気、蒸気機関などいくつかの選択肢がある中でガソリンが使われるようになった背景は、スタンダードオイルの存在抜きには語れない。石油の巨大な需要源として、自動車を獲得したのだ。
そして、石油から自動車、石油化学という一大産業が生まれた。こうして築かれた分厚い中間層が支える豊かで輝かしい超大国をトランプ大統領は「偉大」と表現し、取り戻すと言っているのだ。
歴史のネジを20世紀に巻き戻して白黒映画を見ていると思えば、時代錯誤としか思えないトランプ氏の政策も理解できなくはない。そこで浮かぶキーワードは、エクソンモービル、フォード・モーター、ゴールドマン・サックスだ。
米国の貿易赤字の元凶として日本の自動車産業を攻撃するなどの保護主義政策は、80年代の日本勢に圧倒されたフォードが念頭にある。2008年のリーマン・ショックを契機にオバマ前政権で強化した金融規制の緩和に、ウォール街は拍手喝采で歓迎する。ムニューシン財務長官をはじめトランプ陣営には複数のゴールドマン・サックスの元幹部がいる。
◇イラン封じ込め
中東政策を見るうえでは、エクソンモービルの最高経営責任者(CEO)を務めたティラーソン氏が国務長官に就任したことに注目すべきだ。
米国の中東政策として大きな課題はイランの台頭だ。米国がイラクに軍事介入して民主化を進めたことで、シーア派の政権が生まれた。これによってペルシャ湾の北部では、イラク、シリアとともにシーア派の勢力が形勢され、結果的に隣接するイランの影響力を強めた。さらに、オバマ前政権がイランの核開発を巡る6カ国合意を進め、経済制裁が解除された。
潜在的に大きな産油力を持つ経済大国イランの国際社会の復帰は、原油市場に大きなインパクトを持つ。中国はじめ新興国の経済成長の鈍化に伴う需要減と同時に、供給増によって原油価格を押し下げた。これはエクソンモービルも、産油国のサウジアラビアにとっても心中穏やかではない。だからこそトランプ政権は、核合意を否定して再び制裁を強化してイランの封じ込めに動いている。
イランの封じ込めは、イスラエルも歓迎だ。オバマ前政権がイランの核を拒否する流れで、イスラエルも段階的に非核化を迫られかねなかったからだ。
産油国でもう一つ見逃せないのがロシアだ。00年代、プーチン大統領はエネルギー産業を国有化し、石油利権を掌握することで政治基盤を安定させた。その過程で、カウンターパートナーだったのが、ティラーソン国務長官だ。彼はロシア極東の資源開発プロジェクト「サハリン1」にエクソンモービルの代表者として関わり、プーチン氏と何度も交渉してきた。
米国はいま、原油価格の低迷で苦しんでいるロシアとも利害が一致する状況にある。
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■人物略歴
◇てらしま・じつろう
1947年北海道生まれ。73年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産入社。ブルッキングス研究所への出向、米国三井物産ワシントン事務所長、三井物産常務執行役員などを経て、2016年から現職。
*週刊エコノミスト2017年3月14日号「資源総予測2017」掲載