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特集:東芝と経産省 失敗の本質 2017年6月20日号

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米中央情報局(CIA)が2007年に開示した報告書「GEの原子力発電製造中止の影響」
米中央情報局(CIA)が2007年に開示した報告書「GEの原子力発電製造中止の影響」

官民もたれあいに沈んだ東芝 

「(株)ニッポン」モデルの終焉

 

◇CIAと英公文書が明かす

 

 東芝の現在の経営危機を招いた原因のひとつは、2006年の米原子力会社ウェスチングハウス(WH)買収であることは論をまたない。

 WH買収の25年前にあたる1981年8月11日、米中央情報局(当時はDCI、現在はCIAに統合)は報告書『ゼネラル・エレクトリック(GE)の原子力発電製造中止の影響』をまとめた。

 

 

 A4用紙2枚の簡略な報告書は、機密指定もない。しかし、その内容は今日の我々を驚かせる。原子力産業の現状と将来を冷静に分析し、米GEが「沸騰水型(BWR)」原子炉の製造を中止しても影響は少ないと、結論づけた。

 

 もともと、CIAは破壊や暗殺などの秘密工作だけでなく、世界各国の経済や政治、軍事力などの分析も行う。だが、同報告書の作成を強く促したのは、当時の米国経済の置かれた厳しい現実だ。

 

 インフレ下で景気が低迷するスタグフレーションに陥った米経済再生を図り、「強いアメリカ」の復活を掲げて81年に就任したレーガン米大統領はレーガノミクスを唱えた。だが、当初はボルカー米連邦準備制度理事会議長の高金利政策が景気低迷を招く。

 

 この81年にCIA長官に就任したビル・ケーシー氏は米有力シンクタンク「マンハッタン政策研究所」の共同創立者だった。軽微な犯罪を放置すると凶悪犯罪を誘発するとする「割れ窓理論」を提唱したほか、「レーガノミクスの聖書」と呼ばれる『富と貧困』を世に出した同研究所はまた、レーガノミクスの強力な応援者でもあった。79年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』がベストセラーとなり、米国の主力産業の自動車、電機、製鉄は衰退しようとしていた。ケーシー氏は報告書を必要としていた政府高官の1人だった。

 

 報告書の4カ月前の81年の4月、「選択と集中」でGEを立て直したジャック・ウェルチ氏が最高経営責任者(CEO)に就任している。報告書は、GEの業績が近年落ち込み続け、同社のBWRの新規受注はこの数年間なく、初期の受注はキャンセルが多いと指摘した。79年の「加圧水型(PWR)」の米スリーマイル島原発事故が原子力産業に与えた影響がうかがえる。

 

 加えて、報告書は、GEがライセンスを提供している西独(当時)の電機メーカー「アルゲマイネ・エレクトリツィテート・ゲゼルシャフト(AEG)」、原子炉メーカー「クラフトヴェルクユニオン社(KWU)」、日本の日立製作所と東芝がそれぞれBWRを建設完了または建設中と指摘したうえで、「GEの原発向けの部品や燃料を供給する能力のある企業は十分に存在する」「どのような場合でも多くの部品(バルブその他)は標準化されており、GE製品ではない」と記した。GEの後釜は世界中にいると取れる。

 

 そして、報告書の白眉(はくび)は「時間がたてば、他のBWR製造業者はそれぞれの技術を改良し、GEが設計したものと異なる原発を作るだろう」「このことは彼らがGE製原発の部品供給やサービス提供にかける能力を減少させるだろう」「また、これらの製造業者はGEの原発事業と同様の圧力に屈するかもしれない」「このことは目先の問題と見えないかもしれない」との分析にある。

 

 もちろん、ウェルチCEOが神のように全てを見通せたわけではない。金融業に進出して業績を急拡大したものの、2008年のリーマン・ショックで巨額の負債を抱え、後継者のジェフリー・イメルトCEOは売却した。OBの判断を墨守せず、先行者優位に甘んじることもなく、競争相手やキャッチアップの可能性を冷徹に受け止める姿勢は、東芝をはじめとする多くの日本企業に欠けている点だ。

 

 報告書の翌1982年、くしくもドイツの原子力発電所の整備拡充はこの年をピークに減少していく。86年のソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリ原発事故が起きる以前からの動きだ。つまり、スリーマイル島の原発事故が、原子力を産業というトランプのババにしたリスクを、米独の企業は懸命に見極めようとしたことがうかがえる。

 

 ◇原子力というババ

 

 一方、日本の官民は、原子力がババに変わることに気づこうとしなかった。21世紀初めの原油高騰を受けた「原子力ルネサンス」に舞い上がり、国策という名の根拠薄弱な願望にすがる日本の官民は、ルールも知らずゲームに興じたプレーヤーに過ぎない。売り手の想定価格の3倍の値をつけた東芝は結果的にカモとなって、経済合理性に目をつぶってしまった。

 

 歴史を振り返ると、日本は徳川幕府が江戸時代に海外との交易を制限する鎖国体制下で産業革命を経験しなかった。このことは超大国だった中国・清朝が欧米に蹂躙(じゅうりん)されて以降、欧米の技術の習得と国産化を日本の国是とさせた。

 

 技術に劣り、資本が乏しい中で、官民一体の産業振興は有効だった。明治政府は1901年、日清戦争(1894~95年)で得た賠償金の一部で製鉄の官営工場、後の八幡製鉄所を作る。1934年に半官半民の「日本製鉄」となり、戦後は再編を繰り返し、現在の新日鉄住金に至る。戦前は軍需、戦後は復興需要に支えられ、日本最大規模の企業に成長し、海外輸出も増やした。

 

 海外技術導入と国産化、保護された国内市場で企業を育成、海外進出という官民一体の株式会社ニッポンは、家電や自動車でも成功し、輸出先の欧米の先行メーカーを追い落とす。欧米先進国に比べ相対的に低い賃金と勤勉性を武器に、日本は戦後復興を果たした。21世紀に日本の産業のライバルとなる中国は世界市場に参加しておらず、株式会社ニッポンのビジネスモデルは最強だった。産業保護的な経済政策を率いる通商産業省(現経済産業省)は米国から「Notorious MITI(悪名高い通産省)」と畏怖(いふ)された。

 

 原発もまた、同じパターンで育成を図った。米英から技術を導入し、国産化を進める。他の産業と異なったのは、官と重電メーカーが一体となるだけでなく、それぞれが電力業界と結びついたことだ。地域独占の電力業界は巨額の設備投資を可能としただけでなく、交付税による自治体へのバラマキで原発立地の懐柔に拍車をかけた。福島第1原発で東芝にGEのコピーを作らせ、日立製作所、三菱重工業にほぼ均等に原発建設を分配し、経営を安定させ、技術開発を促した。

 

 しかし、株式会社ニッポンの成功モデルは、日本が先進国の仲間入りを果たした瞬間から崩壊し始めた。賃金の上昇で、コスト面の優位性はほぼなくなった。

 

 決定的だったのは、東西冷戦の終わりだ。中国が90年代に世界市場へ復帰したことで、株式会社ニッポン成功の前提条件は失われてしまった。原子力産業でも、巨大な国内市場で原発建設と開発を加速させた中国は、日本の官民の予想を上回るペースで競争者としての姿を現した。だが、日本の官民は、GEやシーメンスのように、自ら事業の将来性を再評価しなかった。

 

 株式会社ニッポンは成功モデルの再現を妄想した。原発ルネサンスの自己暗示にかかった経産官僚、それにあおられた東芝が行ったことこそ、WHの高値買収だった。

 

 にもかかわらず経産省内には、東芝とWHが身ぎれいになると決めつけ、国内原発会社の統合を狙う勢力がまたも動めき始めた。

 

 だが、明治維新以来の株式会社ニッポンは今や破綻した。たまたま今回は、不正会計で財務が悪化し経営体力がなくなっていた東芝でいち早く露見したに過ぎない。国策に頼り、自ら判断することを避ける企業は、第2、第3の東芝と化すだろう。東芝の次は、あなたの会社かもしれない。

 

(後藤逸郎、谷口健、酒井雅浩、河井貴之・編集部)

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定価:670円

発売日:2017年6月12日


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