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第28回 福島後の未来をつくる:中田俊彦 東北大学大学院教授 2016年3月15日号

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 ◇なかた・としひこ

 1960年神奈川県生まれ。東北大学大学院工学研究科修士課程修了。東北大学工学博士。電力中央研究所、東北大学工学部助教授、米国ローレンス・リバモア国立研究所研究員などを経て現職。政府復興推進委員会委員などを務める。

 ◇25兆円の熱を捨てている日本

 ◇地域に合うシステムを欧州に学べ

 

 東日本大震災後のエネルギーシステムのあり方を考えるうえでは、日本のエネルギー利用の現状を把握するため、エネルギーフローの全体を俯瞰(ふかん)することが重要だ。

 まずは供給側の無駄。IEA(国際エネルギー機関)などの統計データによると、2013年の1年間に日本で供給されたエネルギー量は19・0EJ(エクサジュール。エクサは10の18乗、1カロリー=4・186ジュール)。部門別に見ると、産業部門に3・43EJ、業務部門に2・81EJ、家庭部門に1・92EJ、運輸部門に3・07EJのエネルギーが供給された(下図)。しかし、各部門で有効に利用されたのは6・34EJのみで、全体の60%にあたる11・5EJが熱として廃棄された。全需要家の年間エネルギー支払総額は41・9兆円なので、25兆円が無駄に捨てられた。その内訳は4・54EJが発電部門、2・58EJが自動車など運輸部門、1・33EJが産業部門、1・35EJが業務部門、0・77EJが家庭──などからの廃熱だ。発電効率の低さと、自動車の燃費の低さが多くの熱を廃棄する要因だ。


 次に消費側を見てみよう。13年の日本のエネルギー消費量を利用形態別に見ていくと、熱が最も多く、全体の41・0%を占め、次いで電力が32・7%、輸送用燃料が26・2%と続いている。これらのデータから、日本はエネルギーを熱として利用することが多いにもかかわらず、発電と運輸のためにその熱を大量に廃棄している現状が浮き彫りになる。

 

 ◇電力中心のインフラ

 

 こうした状況は、日本ではエネルギー供給インフラ整備が電力を中心に進んできたことが影響していると考える。戦後、日本では大規模火力発電所が全国に建設され、送電網の整備も進んだが、最も必要な熱を作り出すのに使われるガスのインフラ整備は十分に進んでこなかった。

 ガスのパイプラインの整備は全国の主要都市部のみにとどまり、都市間のパイプラン等も整備が進んでいない。そのため地方ではタンクローリーを使って都市ガスを供給する企業もある。輸送コストがかかるので家庭用小売単価は高くなる。例えば、宮城県気仙沼市の単価は東京の1・9倍だ。全国ベースで見ると料金格差は最大で3・7倍になる。

 都市ガスのパイプラインが行き届いていない地域では、暖房・給湯用のエネルギーとして、その都市ガスよりも単価が高いLPガスが使われている。現在、日本の一般世帯の約45%に当たる約2410万世帯がLPガスを利用している。地域別では近畿が23%、関東が38%、東北・四国が72%で、被災3県は宮城県56%、福島県75・9%、岩手県80・4%といずれもLPガスの割合が高い。

 現在、電力小売市場の全面自由化を契機に、以前にも増して電力への関心が高まっている。しかし、発電のために大量の熱を廃棄している現状、また、熱供給に関するインフラ整備が不十分な地域で単価の高いエネルギーを利用している現状を踏まえると、今後は電力中心の大規模集約型から、熱エネルギーを有効活用する地域分散型へとシフトさせていくことが重要なのは明らかだ。そこで参考になるのが欧州だ。

 

 ◇熱を無駄にしない欧州

 

 欧州では暖房や給湯などに使う温水や水蒸気などの熱エネルギーを効率的に供給するための熱導管ネットワークの整備が進んでいる。その歴史は古く、ドイツのハンブルク市では1896年に熱電併給方式の地域暖房システムを使った市庁舎への熱と電気の供給が始まった。

 特に熱インフラの整備が進んでいるのが、北欧や中欧の寒冷地域だ。同地域では給湯や暖房などのエネルギー供給機能は重要な社会資本の一つと考えられ、公的な整備が進められている。街中には水蒸気や温水を供給するネットワークが整備され、近年は温水ボイラーの燃料に、ゴミや廃材、泥炭など多様な燃料を混ぜ合わせる取り組みも行われている。

 さらに発電設備も付設し、市場のエネルギー価格変動や需要量の変動に応じて発電量や供給熱量を変え、需要家の利便性と事業者利益の最大化を同時に実現するといった高度なシステムも登場している。

 発電時の廃熱の有効活用も行われている。デンマークの首都コペンハーゲンでは、火力発電所の多くが熱電併給機能を併設。発電時に出る廃熱で温水を作り、熱導管を通して供給している。従来は高温の温水をパイプラインで供給していたが、給湯や暖房にはそれほど高温が必要がないことから、70度程度の温水を送るようにし、総合エネルギー効率を高める工夫も始まっている。

 ドイツでは、廃棄物由来のバイオガスをガス・パイプラインに混入する試みも行われているほか、「パワーツーガス」の取り組みも始まった。風力や太陽光で作った電気を水素に変え、さらにそれを二酸化炭素と反応させてメタンに変換し、ガスパイプラインに混入するのだ。

 このように熱のエネルギーインフラは、機能をバージョンアップできることも大きな強みだ。機能アップを通し、エネルギーシステムが地域社会に及ぼす産業創出の効果も大きい。日本各地にこうしたエネルギーシステムが出現すれば、従来の大規模集中型のエネルギー供給インフラの中では、末端の毛細血管に過ぎなかった脆弱(ぜいじゃく)な地域社会に、自律機能が付加され、レジリエンス(復元)機能が備わることにもなるだろう。

 こうした熱を有効利用するエネルギーシステムなどで構成される全体システムこそ、今後、日本が目指すべき持続可能なシステムである。具体化に向けては、(1)地域の廃熱を熱エネルギー源として利用するほうが輸入化石燃料よりも良いという発想への転換、(2)蒸気、温水を地域に配送して戻す熱導管インフラの整備、(3)熱を使う需要家での温度管理等エネルギーマネジメントの理解と、建物の断熱性能の充実が重要になる。

 東日本大震災後、東北地方ではスマートコミュニティーの構築に向けたさまざまなプロジェクトが進んでいる。中には太陽光発電設備を設置し、発電した電力を地元の公共施設等で消費するといった取り組みも検討されている。しかし、熱の供給インフラが従来のままでは、地域のエネルギー需給の実態を見ない設備投資と言わざるを得ない。

 地域のエネルギーシステムの最適化を達成するには、地域の需給の実態把握が重要だ。日本は南北に長い。地域ごとに使用できる燃料も、需要パターンも、再エネ資源もまったく異なるので、エネルギー消費量の地域空間分布と時間変動データを取得し、電力、熱、輸送用燃料などのキャリアごとのレイヤー構造のデータベースを作成するのである。

 地理情報システム(GIS)を利用した、このデータベースは「熱需要マップ」または「エネルギー需要マップ」と呼び、1990年代から欧米では先行して整備が進んでいる。客観的データに基づいてエネルギーインフラを地域内に最適配置する投資をサポートする優れものだ。

 欧州では、こうしたマップを利用し、地域の需要に見合うエネルギーシステムを、それぞれの地域の担い手がデザインして実現している。

 日本はこれまで、そうした地域の需要実態に合ったエネルギーシステムに対する認識が希薄だった。大都市圏での資本投資を先進事例として、その経験を地方部に波及させるという水平展開モデルはもはや通用しない。欧州でのエネルギーインフラを組み込んだ街づくりと、その運用実態を深く学ぶことが重要だ。また、エネルギーシステムを俯瞰しデザインできるシステムエンジニアの育成が重要となるだろう。(了)

(『週刊エコノミスト』2016年3月15日号(3月7日発売)70~71ページより転載)

この記事の掲載号

定価:620円(税込み)

発売日:2016年3月7日

週刊エコノミスト 2016年3月15日号

 

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