ビットコインが法定通貨にすぐに置き換わることはない。だが将来、問題を解決した新たな通貨ができれば、法定通貨の地位を脅かす可能性がある。
岩村充(早稲田大学大学院経営管理研究科教授)
通貨のあり方を考えるときには、
- 決済手段としてどのような仕組みで流通しているのか
- 貨幣としての価値がどこから生じているか
この二つの問題を区別する必要がある。
仮想通貨の代表とも言えるビットコイン登場の意義は、(1)の問題について、ブロックチェーン(分散型仮想台帳)の競争的認証(マイニング競争)というモデルが機能し得ることを示したことにある。
同時に、(2)の問題についても、貨幣発行体の信用に依存する中央銀行通貨とは別の通貨価値創出モデルとして、マイニング競争に投じられる電力その他の資源投入をその裏付けにするモデルが存在できることを実証してみせたことにある。
これまでの決済システムは、中央銀行や中央銀行と結びついた銀行グループによる中央集権型ネットワーク・モデルが基本だった。「日銀ネット」は中央銀行提供の決済システムの代表であり、「全銀システム」は銀行間システムの代表である。
こうしたモデルでは、そのネットワークにどのような価値を流通させるかは中央管理者の裁量によって決まってしまう。日銀ネットも全銀システムも、そこで流通可能なのは「円」で表示された貨幣的価値だけである。BTC(ビットコインの単位)やドル、あるいはユーロ建ての貨幣価値は流通できない。それは、管理者である日銀や銀行協会がそのように決めているからであって、ネットワーク技術の制約によるものではない。中央管理者に権限が集中する貨幣的価値流通ネットワークは、自由な価値流通を阻む手段でもあったわけだ。
マイニング競争は、その状況を変えたと言える。ビットコインの利用者たちが、自分がそれを「持っている」と思えるのは、その貨幣としての価値が参入も退出も自由に可能なマイナーたちの競争によって裏付けられているからであり、国家の検査や監督があるからではない。ブロックチェーンのシステムでは、マイナーたちが支えれば、いかなる価値でも流通できるからである。それは、国が中央銀行に独占的に通貨発行権を与え、その一方で中央銀行は景気対策や国債消化などのさまざまな政策目標の達成に協力するという現在の制度を相対化するものなのだ。
◇経済性で劣るビットコイン
もっとも、ビットコインのような仮想通貨が、現在の中央銀行通貨の代替案と言えるほどの存在になるには、まだ越えなければならないステップが多い。マイニング競争に投入される暗号的な計算コストを価値の裏付けとするビットコイン型の仮想通貨は、政府への財務的な信頼を貨幣的な価値に変換するだけで作り出される中央銀行通貨に対し、経済性という点で決定的に劣るからだ。
ビットコイン型の仮想通貨の価値は、基本的にはそれを作り出すために投入される電気代をはじめとする資源投入コストとバランスする。それより安くマイニング、すなわち仮想通貨の生成が可能であれば、マイニングへの参入が増加する。だが、そうすると、マイニングにおける計算問題の難度が上がり、問題を解くために必要な計算量も増加するので、やがてビットコインの市場価格にマイニング費用が追い付いてくるからだ。
こうした後追い型の仕掛けがビットコインの価格の著しい不安定性を作り出している。それは同時に、一定額の仮想通貨を作り出すためには、その価額と同等の資源投入が必要になることを意味する。
しかし、通貨を作り出すために、その価額と同等の資源を投入するというのは、何とも無駄な話であるし、彼らの競争力を損なうものでもある。対する中央銀行通貨は、そうした資源投入は比較にならないほど少なくて済む。中央銀行は、作り出したい通貨の価額相当の国債などの資産を金庫に収めるだけで、紙幣を発行してしまう。必要になる追加的な資源は紙代と印刷代程度である。通貨を預金のかたちで提供するのならコストはほぼゼロになる。
通貨の歴史を振り返れば、かつての金属貨幣は、それを支払い準備として金庫に収めるだけの金本位制や銀本位制に取って代わられ、やがては支払い準備すらも廃止した現在の通貨制度へと行き着いた。その背後にあったのも経済性の問題だろう。
そうした歴史から学べば、ビットコインが今の形のままで中央銀行通貨に代わるというシナリオはあり得ないはずだ。貨幣としてのビットコインの価値は、その探索あるいは発掘コストに由来するという点で金貨や銀貨などの金属貨幣に近い。すなわち、ビットコインが円やドルに対する競争相手になるのには、その経済性という点で重いハンディキャップを抱えていることになる。
もっとも、こうしたハンディキャップは、仮想通貨に新しい変化形が現れれば、さほど重くなくなるかもしれない。通貨を作り出すためには、金融論の教科書でいう「信用創造」という方法もあるからだ。
◇信用創造できるか
信用創造とは、銀行に預け入れられた中央銀行通貨を「預金」というかたちで預金者に見せておきながら、その通貨を他の資金需要者に貸し付け、それが預金として銀行システムに戻ってくるという通貨量の乗数的拡大サイクルである。
残念ながら、現在の仮想通貨にはこのサイクルが存在しない。ビットコイン建ての要求払い債務を受け入れる契約、つまりは「ビットコイン建て預金」などは存在しないし、そうして受け入れた債務を運用する「ビットコイン建て貸し出し」などという契約も提供されていないからである。
では、仮想通貨にも信用創造という名の乗数的サイクルを実現させる方法はあるのだろうか。もちろんある。それは、将来の仮想通貨の価値についての安定性あるいは予見可能性を高めることである。
改めて言うまでもないことだが、金融取引の本質は現在の購買力と将来の購買力の交換である。その取引に適用される価格が、私たちが「金利」と呼んでいるものの正体である。通貨としてのビットコインの致命的とも言える弱点は、その価値の不安定性、あるいは予見可能性の欠如により、現在と将来の交換取引を行おうとしても、取引に参加する人たちの間で均衡的な期待が形成されず、したがって安定した市場価格としての金利も成立しないところにある。
激しく騰落する仮想通貨の価格は、それを投機の対象として人々の関心を集めるのには貢献したが、他方で、それが本格的な決済手段へと飛躍することを妨げているわけだ。
では、仮想通貨の価値を、もっと安定させて予見可能にして、結果として市場価格としての金利を生じさせることはできるだろうか。
理論的には十分に可能だし難しいことでもない。ビットコイン価格の不安定性は、その市場価格がまず決まり、それをマイニング費用が後追いするという仕掛けから生じている。マイニング競争への参加者が増えれば難度を上げて、参加者の増加の効果を生成量ではなく難度引き上げで吸収してしまうというゲームのルールがその原因なのである。そうした関係を、参入と退出を考慮した供給曲線という考え方で整理したのが図である。
このルールが、ビットコイン供給曲線を直立させ(図の線①)、それがビットコイン価格の激しい騰落を作り出しているわけだ(図PからQへの変化)。
だから、そのルールを変えて、例えばブロック形成の時間が短くなろうが長くなろうが一切の難度調整を行わないとしたらどうだろう。コインの需要が増えれば、そうした需要に見合うだけのマイナーが参入してくるまでは、仮想通貨の市場価格が上回るからマイナーたちに超過利潤が生じる。だが、それはマイニングへの新規参入を促すから、ブロック形成時間の短縮を通じて単位時間当たりの仮想通貨供給量を増やし、結局は市場価格を冷やしてくれるだろう。
そうなれば、ゲームに参加するマイナーの数が増えても減っても計算の難度に変化はなく、仮想通貨の人気つまりコインの需要が変化してもその均衡価格は大きく変動しなくなるはずである。(図の線②、Pから‘Qへの変化)
こうして整理すれば、例えば仮想通貨の価値を円やドルにリンクさせたいのであれば、難度を既存の通貨と結びつけて、仮想通貨の交換レートが下がれば難度を上げ、上がれば難度を下げるというようなルールも有効な選択肢であることもわかるだろう。そうしたさまざまな工夫により、仮想通貨の世界で金利が機能するようになれば、そこに信用創造のサイクルも回転し始めるはずなのである。
もちろん、仮想通貨の世界で信用創造が可能になっても、それだけで中央銀行通貨との関係を逆転できるとは思えない。信用創造のコアとなるベースマネーを作り出す際の経済性の劣位は依然として残るからだ。
しかし、国家の力によって通貨独占発行権を付与された中央銀行通貨には、貨幣価値の維持という目標だけでなく、景気政策や国債管理政策への貢献が常に求められてきた。これに対し、通貨を作り出し価値を演出するだけの目標しか持たない仮想通貨は、そうした重荷を負うこともない。そうなればベースマネー創出における経済性の劣位は、仮想通貨と中央銀行の通貨間競争ゲームにおける優劣比較リストの一行でしかなくなるかもしれない。
通貨選択の自由と通貨発行の競争との意義を唱えたことで知られるフリードリヒ・ハイエクは、代表作『隷属への道』の中で、景気や雇用を追い求める金融政策の長期的無効を厳しく指摘している。そのハイエクが今の時代に生きていて、景気政策への協力を掲げてインフレを追求する現代の中央銀行たちを見たら、まず自らの発行する通貨について、その信認を高める努力をせよと叱咤(しった)するのではないだろうか。
(*週刊エコノミスト2017年10月24日号特集「ビットコイン入門」掲載)