“出口”とは、必ずしもマネタリーベースを元の水準まで引き下げることではない。
松田学 (東京大学大学院客員教授)
異次元金融緩和により、日銀保有国債は2013年3月末から17年9月末にかけて125兆円から436兆円に、マネタリーベース(現金+日銀当座預金)のうち日銀当座預金は58兆円から369兆円に膨れ上がった。日銀の出口戦略の難しさが議論されているが、何が何でも元の水準まで引き下げることが「正常化」だとは限らない。
出口において想定されるのは、日銀の保有国債が満期償還されるのに応じて、長期間かけて当座預金が縮小していくことだが、バランスシートをいわば根雪化して残すという案もある。英金融サービス機構元長官のアデア・ターナー氏が提案する日銀保有国債の無利子永久国債化はそれにあたる。政府が日銀保有国債を乗り換える形で無利子永久国債を発行し、日銀が引き受けるのである。
永久債は償還期限の定めがなく、無利子であれば利払いの必要もない。ターナー氏の案を日銀保有国債の全額で実施すれば、政府が将来税金で返済しなければならない普通国債の残高(17年度末865兆円)の半分以上が事実上消滅することになる。安倍政権は、アベノミクスで日銀に国債を積み上げた成果を土台にして、財政再建まで一挙に成し遂げた政権として歴史に名を残すことになろう。
もちろん、ターナー氏の案はそのままでは現実的な政策にはならず、さまざまな弊害が懸念される。永久国債の日銀引き受けが常態化して財政規律や国債への信認が損なわれ、長期金利の急騰やハイパーインフレにつながるのではないか、といったものだ。
しかし、永久国債化そのものを全面的に否定する必要はなく、一定の歯止めのもとに部分的に実施すれば、これらの懸念を払拭(ふっしょく)することができ、有効な政策ツールになりうる。
本稿では一つの試論を示してみたい。
◇10兆円、100兆円の歯止め
財政規律を維持するための歯止めとして、一年度に永久国債化する金額の上限を約10兆円とする。これは毎年度、一般会計で赤字国債の償還と発行を繰り返し、結果として借金のまま塩漬けとなっている額にほぼ相当する。永久国債は無利子ではなく変動金利付きとし、日銀にとっての資産性を確保する。
日銀は永久国債を市中売却せず、変動金利収入を国庫納付する旨、政府と日銀は協定を結ぶ。政府の側では、永久国債について元本償還のための支出や利払いの負担が不要となり、事実上、約10兆円の国債が消滅する。
二つ目の歯止めとして、永久国債化の総額の上限は、現在の日銀券発行残高(約100兆円)とする。日銀の資産となる永久国債は無期限債券であり、負債に計上される無期限・金利ゼロの債務である銀行券(無利子永久日銀債ともいえる)の発行残高の範囲内とするのが合理的だからだ。保有永久国債の金利収入を国庫納付しても、対応する債務も無利子であるため日銀に損失は出ない。
永久国債化した金額の分、日銀当座預金は根雪として残ることになる。「マネーが膨らんだままではハイパーインフレが起きかねない」などと言われる。しかし、中央銀行の当座預金の量それ自体は実体経済にはほとんど影響を与えないという認識が、最近では各国の当局関係者の間にも定着しつつある。
日銀が民間金融機関の行動に影響を与えるのは、当座預金の量というよりも、金利水準を通じてであろう。当座預金の総量は基本的に日銀と民間金融機関との間の債券売買などによってしか増減しない。銀行が市中への貸し出しなどの財源として日銀当座預金を引き出すという仕組みにはなっていない。
インフレ率など実体経済に影響を与えるのは、民間金融機関が自ら信用創造によって生み出すマネーストック(市中マネー)のほうである。これはマネタリーベースに信用乗数をかけた量まで膨らむというものではなく、むしろ、市中の有効資金需要や金融機関に対する自己資本比率規制などによって決まる。
将来、100兆円の範囲でバランスシートが根雪化しても、日銀は他の部分を増減させたり金利を調整したりすることで、金融政策は十分に遂行できる。インフレの原因となるようなことはないはずだ。
◇消費増税の年度に限定
加えて、10兆円の永久国債化を今後、消費税の税率を引き上げるたびに、引き上げを行う年度に限って、その年度に満期が到来する日銀保有国債を対象に実施する。
消費税の税率を引き上げれば恒久的に税収が増え、将来にわたって国債を減らす効果がある。日銀の出口に向けて懸念される国債の信認の問題(長期金利の上昇)を回避しやすくなる。しかし、増税時に経済へのマイナス効果は否めない。そのため、その年度に永久国債化を実施することで、通常は国債償還に充てる財源を代わりに支出へと回し、マイナス効果を相殺するのである。
日本では財政規律を保つため、普通国債を60年かけて償還するとして、毎年度、国債発行残高の60分の1に相当する金額を債務償還費名目で一般会計から国債整理基金に繰り入れている。他国に例のない減債制度である。
ところが、一般会計ではこの債務償還費の額の分、新規の国債発行額が多くなっている。つまり、国債を発行して国債を償還しているわけであり、減債といっても実質的には借り換えを繰り返しているのと変わらない。17年度予算の債務償還費は14・4兆円にのぼり、うち、財政法で発行が許されている建設国債を除いた赤字国債の償還分は今後、おおむね10兆円前後と見込まれる。
この分を永久債化して日銀に封じ込めれば、国債残高は10兆円分減り、償還のために一般会計から積み立てる金額を10兆円削減してもよいことになる。削減した分、社会保障などの一般歳出を増やしても国債発行残高は増えない。国債償還に回っていたおカネが、増税(2%アップなら5兆円余り)を上回る規模の政府支出を通じて実体経済に回り、消費増税による経済へのダメージを回避できる。
例えば、社会保障バウチャーとして国民に配布してはどうか。配布された金額を今後いつでも医療、介護、保育などの自己負担分や保険料に充てることができるとすれば、国民の将来不安の抑制にもつながるだろう。増税時に「見返り」があることで、国民は消費増税を受け入れやすくなる。マイナンバー制度を活用すれば、バウチャー配布を利便性、公平性の高い形で実施できるようになるだろう。
日銀が保有する永久国債の総額は100兆円を上限とするので、一年度に10兆円を永久化するとしても、10回の消費税率引き上げに対応できる。
もし将来、電子通貨の普及などで銀行券発行残高が100兆円から大幅に減少し、永久国債保有分に満たなくなった場合には、日銀は当座預金のうち、金利ゼロの法定準備金の部分を増やすよう預金準備率を引き上げればよい。
AI(人工知能)やフィンテック、仮想通貨など、今後、通貨金融の世界は私たちの想像を超えて急激に変化していく。財政金融政策も、従来の思考の枠組みを超えた柔軟な発想が求められるのではないか。一見、劇薬にみえる永久国債も、使いようによっては、財政再建と出口戦略の円滑化に資するツールになりうる。
(松田学・東京大学大学院客員教授)
◇まつだ・まなぶ
1957年生まれ。東京大学経済学部卒。81年大蔵省入省。大臣官房企画官、内閣審議官、財務省本省課長、独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構理事などを経て2010年に退官。12年より衆議院議員を1期務める。15年から現職。著書に『国力倍増論』など。