既に事実上の正常化は進んでいるが、緩和の副作用と出口のリスクを軽減するには、もう一歩必要だ。
木内登英(野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト)
2017年の1年間に日本銀行の金融政策は全く変更されなかった。これは13年4月に量的・質的金融緩和が導入されて以降、初めてである。17年は景気情勢が良好であったことが政策変更が見送られた背景だとの指摘も聞かれるが、これは正しくないだろう。景気情勢は良くても物価上昇率は高まらず、目標水準の2%を依然として大幅に下回っている。以前であれば、追加緩和措置が検討されていたはずである。
物価上昇率が高まらないなかでも、以前のように追加緩和が実施されないのは、日銀の政策姿勢が既に大きく変わっているからである。その起点となったのが、16年9月の総括的な検証と、短期金利に加えて長期金利も操作するイールドカーブ・コントロールの導入だった。これは、金融機関の収益見通しを悪化させる長期・超長期金利の過度の低下を抑え、金融機関との関係修復を目指すとともに、国債買い入れ策の持続性を高めることを意図した枠組みであったと考えられる。それ以前の攻めの政策とは異なり、守りの政策である。この時点でいわばレジームチェンジ(体制・制度の変更)が生じたのであり、それゆえ、よほどの経済・金融環境の悪化でもない限り、追加緩和措置は見送られるようになったのである。
むしろ、明示的ではないが事実上の正常化が、それ以降は着実に進んだとみるべきだろう。イールドカーブ・コントロールの導入で国債買い入れ増加ペースを政策の操作目標から外したことにより、その決定権は、政策委員会から現場のオペレーションに事実上移った。ここで、現場主導での事実上の正常化を進めることができるような環境が整った。
日銀審議委員として緩和の修正を求め続けてきた
◇現場主導の正常化の限界
実際、年間80兆円程度の残高増加という国債買い入れペースの「めど」が残るなか、17年11月までの1年間での日銀が保有する長期国債増加額(前年同月差)は、61兆円にまで縮小した(図)。現在の国債買い入れを瞬間風速でみれば、おそらく年間50兆円前後増のペースであろう。イールドカーブ・コントロールの導入により、国債買い入れが限界に達して流動性が極度に低下することで、金融市場が大きく混乱するリスクは減った。
しかし10年金利を目標とする限り、海外で長期金利が上昇する場合には、長期金利目標を維持するために国債買い入れ増加ペースを再び拡大させることを強いられる。現状のイールドカーブ・コントロールのもとでは、国債買い入れ増加ペースを着実に縮小させることはできないのである。
また日銀は、長期・超長期金利の低下が生保・年金の資産運用悪化や銀行の金融仲介機能の低下を通じて経済に悪影響を与えるとの考えを、16年9月の総括的な検証のなかで初めて認めたが、それを17年11月には「リバーサル・レート理論」という形でさらに強調している。しかし10年金利を目標としている限り、長期・超長期金利の上昇余地は限られ、金融機関の収益改善は実現できない。
こうした点を考慮した場合、筆者が望ましいと考え、また実際のところ18年に実現可能性が相応にあるとみられるのが、長期金利の目標を10年物から5年物国債とする短期化措置である。従来の金融政策によって蓄積した副作用を軽減させるメリットがある。
長期金利は期間が1年以上のものを指すが、より短い期間の方が短期金利の影響力が働くため、金利をコントロールするために売り買いする長期国債の量は少なくて済む。そのため、国債買い入れ増加ペースをより着実に縮小させ、買い入れの限界を回避することができる。
仮に年間60兆円程度の国債買い入れが続いた場合には、18年中ごろにも買い入れは限界に近づき、国債の流動性を極度に低下させることで国内金融市場の混乱を生じさせてしまうリスクがある。それは海外にも波及し、グローバルな金融不安の引き金になってしまう可能性もある。金利目標の短期化によって、そうしたリスクを軽減させることができる。
また、5年以上の長期金利を上昇させる形でイールドカーブをスティープ化(長短金利差を拡大)させることを通じて、金融機関の収益環境を改善させることができる。金融仲介機能の回復を助けるだろう。
金利目標を10年から5年に短期化しても、その水準を0%で変えなければ、政策変更ではなく、技術的な調整であると日銀は説明することができる。そのため、2%の物価目標との整合性が問われないという利点もある。この点から、10年金利目標を引き上げることでイールドカーブのスティープ化を目指す明示的な正常化策と比べても、その実施に向けたハードルは格段に低いだろう。しかしそれは、紛れもなく事実上の正常化策なのである。
金利目標の短期化は、将来の正常化において、潜在的な緩和の副作用が明らかになるリスクを軽減することにもつながる。
長期国債買い入れの対象が短期化すれば、日本銀行が保有する国債の平均残存期間が縮小する。それは、将来、日銀がバランスシートを正常化させるため、償還期限を迎えた保有国債の借り換えを行わずに国債保有残高を削減させていくとき、それに要する時間を短くすることができる。
また、保有国債の平均残存期間が縮小することで、正常化の過程で起こる日銀の収益悪化を軽減することができる。正常化の過程では、日銀は金融機関の超過準備への付利金利を引き上げるため、利子支払いが保有国債の金利収入を上回り、日銀の収益は大きく悪化すると考えられる。保有国債の平均残存期間が縮小すれば、低金利の国債がより早く満期を迎え、高い金利の国債に迅速に置き換えることができるので、日銀の利子収入が早期に高まるようになるからである。
さらに、短めの長期国債の利回りを安定させることは、保有国債の平均残存期間がそれにおおむね対応する銀行、とりわけ地域銀行の財務の安定維持に貢献する。
日銀は、このように多くのメリットがある長期金利目標の短期化を18年の早ければ前半にも実施する可能性があると筆者は考える。
銀行、特に地域銀行にとって、こうした修正は大いに歓迎され、直接的な収益の改善の程度は大きくなくても、景況感の大幅な改善をもたらす可能性がある。現状で銀行は、日銀の金融政策は今後も変わらず、利ざやの縮小で収益環境は着実に悪化していくと考えているが、日銀の政策姿勢が金融機関の収益環境を改善する方向に修正されていくとの期待が高まるためである。
◇円高リスクは甘受すべきだ
他方で、金融市場において、長期金利目標の短期化は、明示的ではなくても事実上の正常化ではないかとの見方が浮上すれば、為替市場では円高が進むだろう。債券市場は既に昨年9月以降、事実上の正常化が進んでいるとの認識であるため、この措置に過剰に反応することはないだろう。しかし為替市場は、債券市場と比較して海外プレーヤーの比率が高く、日銀の政策意図を十分に捉えてこなかったため、目標金利の短期化はサプライズとなる可能性が考えられる。
しかし、円高を恐れて日銀が事実上の正常化進展をためらえば、既に述べたような金融市場の混乱など、円高進行と比べて格段に大きなリスクを先行き高めてしまう。異例の金融緩和が既に長期化したもと、もはや無傷での正常化を望むことはできない。ある程度の円高のリスクは甘受すべきだろう。
(木内登英・野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト)
◇きうち・たかひで
1963年生まれ。87年、野村総合研究所入社。2004年、野村証券に転籍し、07年に同社金融経済研究所チーフエコノミスト。12年7月、日銀政策委員会審議委員に就任。17年7月から現職。近著に『異次元緩和の真実』。