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政府の「脱デフレ宣言」受け、正常化へ=山川哲史〔出口の迷路〕金融政策を問う(22)

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出口を左右するのは政治力学だ。安倍政権は憲法改正に向け、成果を顕示して求心力を高めようとするだろう。

山川哲史(バークレイズ証券調査部長)

 

 日銀による異次元緩和は、主要海外中央銀行による金融政策が米国を中心に「正常化」へと向かうなか、ようやく転換点を迎えつつある。筆者が所属するバークレイズ証券はこう予想する。日銀は今年9月にも、政府の「脱デフレ宣言」を受け、長短金利操作(イールドカーブコントロール、YCC)の対象年限を、現状の10年物国債から5年物へと短期化する。さらに、マイナス金利については、短期化によってイールドカーブの急傾斜化が定着した段階でこれを解消し、「ゼロ金利政策」へ復帰するだろう。

 

 

 インフレ率(消費者物価上昇率)の停滞が続くなか、異次元緩和の長期化を余儀なくされているにもかかわらず、いまだ「出口」がみえない日本でなぜ、「正常化」が可能となるのだろうか。

 

 

 日本における「正常化」を考える上でキーワードとなるのは、政策反応関数(経済変数と金利水準との関係式)、政策効果と副作用のトレードオフ、そして政治力学だ。筆者は、日本における異次元緩和の経緯、及びその特異性を勘案すると、この政治力学が最も重要であると考えている。特に今年の中盤から19年にかけては、「正常化」の可否、及びそのタイミング、手法等は政治力学の動向に大きく依存する展開となるだろう。

 

 

 

 

「脱デフレ」の新たな判断材料

 

 

 

 そもそもインフレ目標の採用を含む異次元緩和は、日銀が完全な独立性を持って自律的に導入した政策というより、むしろ安倍政権下における「脱デフレ政策」の一環として、政権から日銀に政治課題として与えられた側面が強い。このような前提に立つ限り、政治力学の変化は日銀による「正常化」にも大きく影響するとみるべきだろう。

 

 こうした観点から最も重要なのが、今年半ばにも予想される、安倍政権による「脱デフレ宣言」だ。9月以降は、安倍晋三総裁の三選がほぼ確実視されている自民党総裁選、そして来年に入ると統一地方選、参院選と、安倍政権最大の懸案事項である憲法改正論議と同時並行的に、ほぼ間断なく重要な政治イベントが続く。政権がこうした一連の政治イベントを、政治的求心力を維持したまま乗り切るべく、事前の段階で自らの「脱デフレ政策」の成果を顕示するため、「脱デフレ宣言」に踏み切る可能性は十分にあると言えるだろう。

 

 くしくも内閣府は、年初の段階で、「脱デフレ」の判定基準としてCPI上昇率の動向に加え、需給ギャップ、内需デフレーター、及び単位当たり労働コスト(ULC)の4指標を重要指標として掲げた。4指標は年初の段階で既に、十分とまでは言えないまでもそろって改善傾向を示していており(図)、年半ばにかけては回復傾向が定着していることが見込まれる。

 

 

 更に3月中旬以降その動向が判明する18年度「春闘」における賃上げ率(定期昇給+ベースアップ)については、企業収益の堅調に加え、異例とも言える政府・経団連が一体となっての企業に対する賃上げ要請、更には積極的な賃上げ企業に対する優遇税制の時限的な導入もあって、前年度(1・98%)を大きく上回る2%台半ばの水準に着地する可能性が高い。この点も、ULC上昇を通じ賃金・物価上昇の好循環につながる可能性が高く、「脱デフレ宣言」を後押しすることが予想される。

 

 今年後半以降の一連の政治イベント、及びこれを控えた年半ばの段階での政府の「脱デフレ宣言」は、これ自体が金融政策の「正常化」に直結するわけではないにしろ、「正常化」に向けた日銀の政策自由度を確実に高めるかたちとなるだろう。

 

 

 

副作用に言及し始めた日銀

 

 

 

 先に挙げた「正常化」のキーワードのうち、政策効果と副作用のトレードオフについても、従来のように異次元緩和の効果を一方的に強調するのではなく、副作用に着目する論調が日銀も含めて目立ち始めている。昨年末の、黒田東彦総裁による、いわゆる「リバーサルレート(超低金利環境が長期間にわたり持続することで金融機関収益が悪化、これが将来的に信用収縮等を通じ意図した金融緩和とは逆方向の影響をもたらす可能性)」に対する言及を契機に、改めて異次元緩和の効果と副作用との間のトレードオフが重視されつつある。

 

 以上のことから、18年後半に最も描きやすいのは、潜在成長率を大きく上回る成長軌道が持続するなか、インフレギャップ拡大と共に物価上昇ペースが緩やかに加速し、一方で主要国中銀による「正常化」の波(これは日銀による「正常化」に伴う円高圧力を抑制する)と、政府による「脱デフレ宣言」を含む政治力学の潮目の変化が、三位一体で「正常化」を後押しする構図だ。

 

 市場では、18年の「正常化」を予測するのは少数派で、過半は19年以降の「正常化」を見込む先が多い。ただし19年に入ると後は、米国の利上げサイクルが頓挫するリスクが(少なくとも18年と比較すると)高まるなか、日本では10月の消費税率引き上げを契機に財政政策が一気に縮小へと転化するなど、日銀の政策自由度は逆に低下すると考える方が自然だろう。

 

 この間、注目された日銀人事については、総裁は市場の大勢予想通り黒田総裁の続投、副総裁については雨宮正佳日銀理事の内部昇格、及び岩田規久男現副総裁同様「リフレ派」と目される若田部昌澄早稲田大教授の登用でほぼ決着しつつある。この人事は、年初来株価・為替調整が進むなか政権が金融政策運営における「変化」より「継続」、そして市場における「変動」より「安定」を志向した結果ともみてとれるが、この結果、審議委員の金融政策に対する姿勢の分布はほとんど変化せず、当面は総裁を中心に「中立(現状維持)」に収斂することが見込まれる。

 

 ただし、「正常化」が視野に入る段階では、「正常化」を先導するとみられる雨宮氏、鈴木人司委員らと、「緩和推進派」と目される若田部氏、及び片岡剛士・原田泰両委員らの間の確執が強まることも予想される。こうした観点からも、金融政策予想にあたっては、政治力学を見極めることが重要となる。

 

*週刊エコノミスト2018年3月13日号掲載 

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